五足の靴

五足の靴

「五足の靴」の紹介

明治40年(1907年)夏、新詩社主宰の与謝野鉄幹(35歳)と、その同人である北原白秋(早大文科23歳)、吉井勇(早大文科23歳)、木下杢太郎(太田正雄、東大医科23歳)、平野万里(東大工科23歳)の「5人の詩人」が、東京から九州へと旅立ちます。

長崎、天草、熊本を経て、阿蘇登山の道すがら、8月13日当館 山口旅館に宿泊しました。
「五足の靴」の中で一行の5人は当時の旅館の佇まいを、「後に滝の音面白き山を負ひ、右に切っ立ての岡を控え、左の谷川を流し、前はからりと明るく群山を見下ろし、遥かに有明の海が水平線にひかる。高く堅固な石垣の具合、黒く厳しい山門の様子、古めいた家の作り、辺の要害といひ如何見ても城郭である。天が下を震はせた昔の豪族の本陣らしい所に、一味の優しさを加えた趣がある。 これが垂玉の湯である。名もいいが、実に気に入った。」と記しています。

五足の靴
「五足の靴」一行の記念碑。一行が、石垣の上に立 つ当館を見て抱いた印象などが記されています。
五足の靴
昭和九年、野口雨情の来館を記念し建てられた歌碑。「秋の紅葉は山から山へ阿蘇の垂玉よい眺め」
五足の靴
大正11年徳富蘇峰来館時の記念写真や書、シーボルトが 垂玉温泉について書き記した記事など展示。

山口旅館の歴史と歩み

創業は明治19年(1886年)、当代で七代目の湯宿として歴史を重ねてまいりました 。
明治から昭和にかけて文人墨客の来訪も数多く、若き日の北原白秋や吉井勇、与謝野鉄幹ら「五足の靴」の一行や、野口雨情などが投宿しその足跡を物語る品々を残しています。
親子何代にもわたって当館をご利用下さるお客様、リピーターとして来館を重ねてくださるお客様も多く、私共の大きな励みとなっております。 また、「日本秘湯を守る会」の宿として、先代から引き継いだ自然湧出の温泉を大切に守り抜いています。


予約・お問合せ
 

〒869-1404 
熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽2331
TEL:0967-67-0006 
Mail:info@tarutama.jp

南阿蘇村温泉旅館組合

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