ほどけて、もどる
あなたが、ただ在る。
湯に身を沈めると、
まず、力が抜けていきます。
温まりすぎることもなく、
刺激に身構えることもなく、
呼吸が、自然に深くなる。
ここは、
何かを感じようとしなくていい場所。
瀧日和では
「こう過ごしてください」
という決まりはありません。
ただ、
自然の中に身を置くことで
時間の輪郭がゆるみ、
それぞれの一日が、
静かに立ち上がっていきます。
— 平日の静かな一日—
午前中のやわらかな光の中、大浴場で、ゆっくりと湯に身を置く。
湯の音と、谷の気配に包まれているうちに、考えごとがほどけ、呼吸がいつの間にか深くなっています。
垂玉の湯は、こころと身体が、ちょうどいいところに落ち着くよう静かに調えられたお湯です。
湯を出たあと、そのまま帰らなくてもかまいません。
湯の余韻が残る頃、蒸し釜の湯気に誘われるように、身体にやさしい味わいをいただく。
特別なことは起きないけれど午後が、少し軽くなる一日です。

— 誰かと過ごす、やわらかな時間 —
貸切湯では、大切な人とともに、あるいは、ひとりで。
湯の音も、会話も、沈黙も、谷の深さにやさしく包まれながら、それぞれの時間が流れていきます。
湯を出たあとも、時間を区切らず、そのまま余韻の続きへと流れていく。
何かを得るためではなく、何かを手放すためでもなく、ただ、在るための時間。
こころに、静かに残るひとときです。


— 何もしなくてもいい、一日 —
自然の中に、そっと身を置く。
湯に入り、横になり、風と光を感じる。
住箱は、何かをするための場所ではなく、ただ過ごすための貸切休憩室です。
湯に入りたい時に、何度でも。横になって、ただ休む。
窓いっぱいの景色を、ぼんやり眺める。
話さずに過ごす時間も、何もしない時間も。
そんな時間を、そっと受け止める空間が「住箱」です。
湯と自然に身を置き、蒸し釜のやさしい味でひと息つく。
瀧日和のすべてが、ひとつに流れる一日です。


ここで紹介したのは、
ほんの一部の過ごし方です。
どれを選ばなくても、
組み合わせが違っても、
何もしなくても構いません。
変わることを急がせすぎす、
もどる事を押しつけず、
あなたのリズムが、
自然に整っていくのを待つ。
湯を出るころ、
こころも身体も、
特別ではないけれど、どこか軽い。
それは、
元の自分にもどったという感覚。
ほどけて、もどる。
あなたが、ただ在る。
