大切にしていること

この場所に、昔から変わらずあるものがあります。

湯のぬくもり、自然の静けさ。

そして、時代とともに少しずつ役割を変えながら、受け継がれてきたものもあります。

私たちは、その両方を大切にしています。

この場所や自然そのものに、最初から意味や価値が刻まれているわけではありません。

この場所はただ在る。自然もまた、ただ在る。

その静かな前提は、今も変わりません。

けれど人は、その「ただ在るもの」の中から、時代ごとに必要なものを受け取ってきました。


この場所は、もともと湯治場でした。

人々はここで身体を休め、日々の疲れをほどいてきたはずです。

やがて旅や余暇、気分転換といった意味も重なりながら、この場所は少しずつ別の役割も担うようになっていきました。

そして今。

慌ただしさや情報の多さの中で、それぞれが自分の羅針盤を持たなければならない時代に、求められる休息は、身体だけでなく心にまで届くものになってきているのだと思います。

この場所で過ごす時間の中には、心や体の力みがふっとゆるむ瞬間があります。

絡まっていたものが少しほどけ、余白が生まれ、自分の内側に風が通るような時間。

何かになろうとしなくてもいい。何かを足さなくてもいい。

ただ少し、自分に戻ってこられるような、ただ在ることにふれられる瞬間です。

もちろん、それは誰にでも、いつでも訪れるものではありません。

それでも、この場所には、そうした時間が生まれる余地があります。

その余地こそが、現代を生きる人にとって、とても大切なものだと思います。

昔は昔の人に必要なかたちで寄り添ってきたこの場所が、今は今の時代に合ったかたちで、人がほどけてもどるための場になっている。

私たちは、この場所をそう信じて守っています。


ほどけて、もどる。
あなたが、ただ在る。


瀧日和での時間のご提案です
-ある日のかたち-